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東京高等裁判所 平成3年(ラ)372号 決定 1991年11月26日

抗告人

有限会社幸商

右代表者代表取締役

真壁二千夫

右代理人弁護士

岡澤英世

相手方

藤井俊治

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二当裁判所も、原決定は相当であると判断するものであるが、その理由は、抗告理由に対する判断として、次のとおり付加補充するほかは、原決定理由説示のとおりであるから、これを引用する(なお、右と牴触する部分は、本決定のとおり訂正する。)。

1  前記引用の原決定認定の事実及び一件記録中の証拠資料によれば、大略以下の事実が認められる。

ア  本件二項道路といわれる通路は、相手方の母藤井きんが、これを含む北側土地一帯を元所有者鳥井信一郎から取得し、その地上に自宅及び貸家合計四棟の建物を建築するにあたって、昭和八年一〇月右北側土地所有者及び居住者が公道へ徒歩で通行できるよう設置した幅員約三メートルの私道である。

イ  右私道とその南側土地との境界線付近には、鳥井所有時代から東西にわたって塀が設置されており、その後北側土地の所有者が一部替わり、右塀も幾度か取り替えられたものの、塀は常に同じ位置に設置されてきたもので、この塀を境にして、南側土地所有者及び居住者と右道路を含む北側土地所有者及び居住者との日常の生活、行動の範囲がはっきりと区切られ、右道路は、これが設置された時以来、北側土地の所有者及び居住者の徒歩による公道への通行路としてのみ利用され、もとより自動車の出入りはなかった。

ウ  一方、道路より南側土地に所在する建物は、従前より、右道路を背後にして建築され、玄関は南側道路に向けて取り付けられ、建物居住者が公道へ出入りする通行のみならず建物建替のための取り付け道路としても、右南側道路が利用されてきたところ、建築基準法施行後には右道路も同法四二条二項の道路に指定され、結局、南側土地の所有者及び居住者は右処分の以前、以後とも、右土地から公道への出入りのための通行には、塀の北側の本件二項道路を利用することはまったくなかった。

エ  現に、前記私道を含む右塀以北の土地部分につき、本件二項道路の指定がされていることは当事者間に争いがないが、右指定の前後を問わず、道路の現況は、昭和八年設置された私道の形状、幅員、利用状況と全く変わらず、当初から自動車の出入りはない状況にあった。

オ  抗告人は、不動産業者として、前示のような道路、塀の状況、右道路の南側及び北側の各土地所有者及び居住者による道路の使用状況等を熟知して、平成二年、本件土地をその上の旧建物とともに元所有者である栗原より昭和六一年に買受けた不動産会社からさらに転得したうえ、右旧建物を取り壊して新建物建築し、右新建物を本件土地とともに他に転売するつもりである。

2  以上の事実が認められるところ、抗告人は、右通路がいわゆる二項道路であることを理由にこれを通行する自由権があると主張し、右通行自由権を前提として、本件塀の除去を求めるので、以下その当否を検討する。

右通路部分が現在建築基準法四二条二項所定のみなし位置指定がされていることは当事者間に争いがないが、前記認定の事実によれば、右通路部分は相手方の母藤井きんが昭和八年に開設した私道であって、当時施行されていた旧市街地建築法八条により、北側土地を分割し、これに建物を建築するために開設されたもので、これが、建築基準法の施行に伴ない昭和三〇年七月三〇日東京都告示第六九九号第二号により、同法第四二条第二項の規定による道路と指定されたものと推察される。

ところで、建築基準法四二条二項の道路としてみなし位置指定がされた土地については、同法四四条一項に基づき、原則として、その地上に建築物を建築することが禁止されるから、その限りで一般人が通行のためにこれを利用することができ、その意味では通行の自由権があるということもできるけれども、右の利用は、特定行政庁たる知事の道路指定なる処分によって反射的に一般公衆が受ける利益であって、既存の実体法上の権利関係を変更し、あるいは新たな権利を創設するものではなく、右道路を常時通行のために利用している者が、日常生活上不可欠な範囲内において、これを通行する自由にとどまる。

3 抗告人は、右旧建物の解体及び新建物の建築工事の施行のために本件二項道路に自動車を出入りさせる必要があり、このためには、相手方が従前から設置していた塀が妨害となるため、右道路の通行自由権に依拠して、その除去を求める本件仮処分申請に及んだものである。

しかしながら、抗告人が本件土地とその他の建物を買い受けたとき、右土地からは、旧建物の玄関の面する前記南側の道路を通行して公道に出入りしていたのであるから、抗告人が新たに建築確認申請をしたり、旧建物を解体のうえ新しい建物を建築するために本件二項道路上に工事用自動車を出入りさせたりしてこれを使用するということは、一般人が従前からこれを使用していた限度に止どまらず、それ以上の利用の態様であることが明らかである。抗告人は、従前から使用され二項道路に指定されている南側道路は、本件二項道路より現況において若干幅員が狭いため、旧建物の解体工事及び新建物の新築工事にはこれを使用できないと主張するが、建物の解体にあたっては南側道路使用は可能であろうし、新築にあたっても、前記栗原がこれを所有していた時代の建物の建築に当っては右南側道路が使用されたことでもあるから、現在においても、南側土地所有者相互間の話し合いによりその使用が可能な状態になるよう、なお、近隣土地所有者と利益調整の努力をして然るべきであり、また、その余地がないとはいえない筈である。しかるに、本件一切の資料によっても、抗告人がそのような努力をしたことを窺うに足りないばかりでなく、新建物の建築確認申請手続にあたって、従前の玄関の位置を反対の北側に設置するよう設計しておきながら、それ以前に、抗告人が塀の外側の本件二項道路を使用できるよう北側土地所有者の承諾を受けるべく努力した気配は、一件記録上これを認めるに足る資料を見出すことができない。

4  以上のとおり、結局、本件二項道路指定の前後を通じて北側及び南側の各土地所有者及び居住者が右道路部分を使用していた状況、それらの者の生活状況、また、南側土地から東側の公道へ出る二項道路の存在とその使用の経緯、使用状況、相手方の本件土地所得の経緯等諸般の事情に鑑みれば、抗告人が前記塀の北側部分にあって、従前から南側土地所有者及び居住者には全く使用されていない本件二項道路を、一般通行人として利用する以上に、建物解体、建築のために自動車の出入により通行する自由権を有するということはできず、いわんや、前記塀の除去を求める権利を有するということもできない。

三よって、本件仮処分申請を却下した原決定は、相当であって、本件抗告は理由がないものというべきであるから、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官伊藤瑩子 裁判官近藤壽邦)

別紙

別紙抗告の趣旨

原決定を取り消す

債務者は、この命令送達の日から三日以内に、別紙物件目録記載の工作物を収去せよ。

債務者が右期間内に右物件を除去しないときは、債権者は、東京地方裁判所執行官に、債務者の費用で右物件を収去させることができる

との決定を求める。

抗告の理由

一 抗告人の申立の理由の要旨は次のとおりである。

抗告人所有の本件土地は、その北側が本件二項道路と接しており、建築基準法上の接道義務等をこの二項道路によって履行し、建物新築に際しては道路の中心線から二メートル後退しなければならないことになり、他方、抗告人としては本件二項道路を通行する自由を有する。しかるに相手方は本件二項道路上の相手方所有地及び隣地に亜鉛メッキ鋼板による塀を設置し、抗告人の本件二項道路への通り抜けを全く不可能なものとしている。そこで抗告人は相手方に対し、通行の自由権に基づき本件仮処分を求めているものである。

二 原決定には、次の点で誤りがある。

1 本件土地の南側道路について

原決定は、「理由」の二項3において、南側道路の幅員を約一ないし1.8メートル程度とし、同項6において、建物の新築自体は南側道路を使用することにより行うことも可能とする。しかし南側道路は最大でも一一〇センチメートルしかない(甲一〇)。このような道路は二項道路としての指定を受ける要件を満たしていないのはもちろん、この通路を使用して建物の新築工事を行うということは到底不可能であり、建築基準法が公共の目的から最低限度保証しようとしている基準にもとうてい満たないものである。

2 原決定は、本件二項道路がもともとは北側家屋居住者のために昭和八年一〇月に指定されたかのようにいう。しかし本件二項道路は昭和二五年の建築基準法施行後に特定行政庁の指定を受け、道路とみなされるようになったものである。その結果土地所有者にも道路上の建築制限がされるようになったものである。この制限は公共の福祉のために加えられた制約として受忍せざるを得ないものである。相手方としては、本件二項道路を抗告人を含め第三者が通行することを(自動車の通行を含め)制限する権限はない。したがって建築基準法施行以前の事情により、建築基準法による制約の反射的利益として認められている通行の自由権を制約することはできない。

なお、原決定は抗告人及び前所有者らは過去において一度も本件二項道路を通行の用に供したことはないとするが、本件二項道路は通り抜け道路であり、抗告人らを含め一般人がこれまで通行の用に供してきたものであり、前所有者の栗原栄は本件建物に居住していた間は本件二項道路を通行の用に供してきたものである。

三 裁判所は、抗告人の仮処分申立を理由なしとして棄却したが、以上のように、抗告人の申立は法律上の理由からも、また証拠の点からも理由があるから、原決定を取り消して別紙記載のような仮処分命令を求める。

別紙物件目録

足立区千住三丁目五三番二四の宅地と同所五四番一及び同所五四番八の各宅地との境界線上(別紙 図面表示の赤太線部分)に設置された木製の柱・枠と亜鉛メッキ鋼板からなる塀

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